この猫は8ぴきの赤ちゃんのハリネズミを養子にした. すべてのヒーローはマントを着用していない🙌

多様性ってこういうことなんだと思う

全く話は違うけど、保毛尾田保毛男の件ってLGBTQの問題として、そうした属性を持っている人が盛んに良くない論を展開してオールドメディアもペーパーメディアもそうした理屈に乗って良くない論を言っている。

だけど、本当にそうなのか?

たしかに、保毛尾田保毛男というキャラクターは前時代的で、今更感もありあまり素行も良くないし、それでいじめなんかもあったように思う。

けど、本当にそうしたマイノリティが社会に受け入れられて自然にあるという社会になるにはそうしたギャグも許容していく必要があるのでは?とも思う。

今回、そうした意味で保毛尾田保毛男というキャラクターが再登場して、そうしたキャラクターに嫌悪感を示したり、LGBTQの属性を持っている人からの声が上がることは一歩前進しているようにも思う。

けど、そうした否定だけではなく、あんなキャラクターなんていないよ~という様を笑いで包むというような寛容さがないと、性の問題ってデリケートに扱うだけでは駄目なんだと思う。

そういった意味で、保毛尾田保毛男はホモというものを認識させたキャラクターであり、そうした性的嗜好を持っている人がいるという人気を持たせた訳だから、その価値を否定してしまっていいのかなと。

マツコデラックスやミッツマングローブといったそうした嗜好をキャラクター化して出ている人もいるわけで、私の目からは、そうした存在と保毛尾田保毛男は大差ない気がする。

では、どうすればいいのか?

ギャグという形にして笑う対象にしていることが駄目というのは実は、自分たちに寛容性がないという証左でもあるわけで、寛容さを社会に求めている割には、自分たちが一番寛容性がないということになってしまっている。

であれば、否定をするのではなく、こうあれば良かったとか、あれはないわーとギャグにはギャグで返して笑いの中にも風刺を求めるような訴えの方がいい。

なんでも、否定をしてそれを排除するような排外主義ではなく受け入れて咀嚼した上で、こうなってほしいという意見表明の方が世の中が良くなるような気がします。

動画の猫のように、種が違っても赤ちゃんのハリネズミに母乳を与えるくらいの鷹揚さが必要かなと言う話。



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